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札幌地方裁判所 昭和52年(行ウ)11号 判決

原告 岡崎はつえ

被告 苫小牧労働基準監督署長

代理人 辻井治 古川芳光 ほか二名

主文

一  被告が昭和四九年七月一八日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡岡崎義雄(大正五年五月一一日生、以下「亡義雄」という。)は、千歳市栄町一丁目所在金田一建設株式会社(以下「金田一建設」という。)が施工する穂別ダム工事に、ダム水路の枠付補助者として就労していたものであるが、昭和四八年五月二〇日ころ身体の不調を訴えて札幌市内の自宅に帰り、二、三の病院で診察を受けた後同年六月四日国立札幌病院で受診し、以後同病院において入院加療中のところ、同年一一月四日肺がんにより死亡した。

2  原告は、亡義雄の妻で亡義雄の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものであるが、亡義雄の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)による遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、昭和四九年七月一八日亡義雄の死亡は業務上のものではないとして、これらを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  原告は、本件処分を不服として、北海道労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたところ、同審査官は昭和五〇年一月二九日これを棄却したので、さらに、労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、同審査会は昭和五一年一二月二七日これを棄却する旨の裁決をなし、右裁決は昭和五二年二月二六日原告に送達された。

4  しかしながら、亡義雄の死亡は、以下のとおり、業務上の事由によるものである。

(一) 亡義雄は、金田一建設において穂別ダム工事に従事する以前から、長年にわたり粉じんの飛散する場所において働いていたものであり、その結果、死亡当時じん肺に罹患していた。

(二) じん肺と肺がんの因果関係

(1) 医学上の因果関係について

じん肺に原発性肺がんが合併する比率が極めて高く、両者の間に強い因果関係が認められるということは、今日では動かすことのできない事実となつている。このことは、本訴における事実上の被告である労働省が自ら設置した「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議」の検討結果報告書によつても明白である。

すなわち右報告書によれば、両者の因果関係は、剖検調査、臨床病理学調査及び臨床疫学的調査結果からは充分に裏付けられるが、現在の医学水準では病理学的に確証することは困難であり、かつ、動物実験によつて裏付けられた成功例もあまり見あたらないと報告されている。なお、疫学的因果関係については、じん肺関係職場に従事する労働者の流動性が極めて高く、その結果長期間に亘る追跡調査が不可能であるため、調査報告自体が極めて乏しいと報告されている。また、右報告書によれば、病理学的因果関係として、じん肺による気管支上皮細胞の増殖、とくにその異常増殖や慢性気管支炎を背景とした腺様増殖等が発がんの母地となりうる可能性があると指摘されている。

(2) 法律的な因果関係について

本件で問題となつているのは、肺がんの業務起因性である。しかも、じん肺の業務起因性が明白であることから、じん肺から肺がんへの因果関係が認められれば肺がんの業務起因性も肯定されるという論理構造をとることになる。したがつて、じん肺と肺がんとの因果関係を論じる場合には、労災法を適用して労働者の救済を図るに必要な程度に因果関係が証明されているか否かというのが論点の中心であり、医学的に厳密に因果関係が証明されること、換言すれば、病理学的に因果関係が解明されることまでは必要とするものではないことに留意すべきである。すなわち、病理学的に因果関係が解明されれば、当然法律的にも因果関係が認められることになるが、病理学的には未だ因果関係が解明されていなくても、法律的には因果関係を認め労災法上の救済をすべき場合があるし、現に、職業病の認定にあたつてはそのような運用が数多くなされているところである。問題は、どの程度の医学的裏付けがあれば法律的因果関係を認めるべきかという点にあり、結局は、労災法の労働者保護という立法趣旨により法律的に判断すべき問題である。これを本件についてみれば、医学的には右(1)に記載のとおりであり、病理学的にもある程度の裏付けがなされているのであるから、優に法律的因果関係が証明されていると解すべきである。

(三) 労働省通達の不当性

ところで、前記専門家会議の報告書を検討した労働省は、昭和五三年一一月二日基発第六〇八号労働基準局長通達をもつて、じん肺患者に発生した肺がんについては、じん肺法によるじん肺管理区分四に該当する者についてのみ業務起因性を認め、その余については否定するに至つた。その理由とするところは、管理四の者に肺がんが合併した場合はその診断、治療、予後に悪影響を及ぼすことが認められるためとされている。

右通達は、前記報告書がじん肺と肺がんとの因果関係について医学的断定を下していないことを奇貨として、法律的因果関係を否定したものである。医師をもつて構成された専門家会議としては医学的因果関係について断定を避けたことはけだし当然のことであろう。労働省に期待されたのは右報告書を基礎として法律的判断を下すことであつたが、労働省はこの点に対する配慮を欠いたばかりか、報告書よりも後退した見解を表明するに至つたものである。その最大の理由は、動物実験による裏付けを欠くという点にあるものと推察される。しかし、この点については、右報告書において適切に指摘されているように、「粉じん」という物質の発がん力ないし発がん促進力が遅効性であるため時間的に制約の多い動物実験では充分な成果が期待できないということに帰因するものである。

右通達は、かろうじて管理区分四の者について救済措置を講じることにしているが、右報告書によれば、じん肺に肺がんが合併する例は管理区分一又は二の場合が圧倒的であるとされている。労働省は、この事実を看過して、適用されることがほとんど期待できない通達を出したものであり、不当といわなければならない。

(四) 亡義雄の肺がんの業務起因性

(1) じん肺に起因する肺がんの可能性

亡義雄がじん肺に罹患していたことは前記(一)のとおりであり、しかも、前記(三)のとおり、じん肺に合併する肺がんは管理区分上軽度の者に集中するとされているところ、亡義雄のじん肺の程度はまさにこれに該当している。加えて、亡義雄には前記(二)(1)の気管支上皮細胞の異常増殖等の病理学的徴候も認められたのであり、以上の点から、亡義雄の肺がんの業務起因性は十分に肯認される。

(2) タール吸引による発がんの促進

亡義雄が金田一建設においてダム工事に従事していた際の穂別の工事現場は、通気が悪く、いわば煙の箱の中に入つているような状態であつて、その中でブルドーザー、ロツカーシヨベルなどの重機の排ガスを長時間にわたつて吸入していた。この排ガス中には発がん物質であるタールが大量に存在していたものであるが、亡義雄のようにじん肺に罹患していた者が発がん物質を吸引した場合には、より一層容易に発がんするであろうことは当然の帰結であり、亡義雄の肺がんの業務起因性はこの趣旨においても強く肯定されるところである。

5  よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1項及び2項の事実はいずれも認める。

2 同3項については、裁決が昭和五二年二月二六日原告に送達されたとの事実は知らないが、その余の事実は認める。

3 同4項については、(一)の事実は知らない。(二)ないし(四)はいずれも争う。

(被告の主張)

1 じん肺と肺がんとの因果関係について

(一) 「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議検討結果報告書」は、最近におけるじん肺と肺がんとの関連に関する医学的知見を集約したものであり、しかも、この問題について卓越した専門家の集団による評価検討によつてとりまとめられたものであつて、これを上回るものは今日、国内外を問わず見当たらない。報告書は、専門家会議が収集した内外の文献を詳細に検討したが、どの角度から見てもじん肺と肺がんとの因果関係の存在を医学的に確認できるような材料が得られなかつた事実を報告したものであり、その要旨は次のとおりである。

(1) 粉じんの発がん性

無機粉じんの中には、クロム、ニツケルその他発がん性が疑われているものがあるが、けい酸又はけい酸塩の粉じんの発がん性については、現時点においてこれを積極的に肯定するような見解は得られなかつた。

(2) 病理学的検討

〈1〉 じん肺と肺がんとの間の病因論的関連性を解明するための有力な手段である実験病理学的手法については、この課題に即応し得る実験モデルの作成が今日なお極めて困難であり、したがつて、これまでの実験成果から得られる情報は乏しく、かつ、限られたものでしかない。

〈2〉 病理学検討においては、(イ)じん肺に合併した肺がんの組織型は、外因性肺がんの組織型と同様扁平上皮がんが多い傾向にあるが、一般の肺がんに比較して統計学的に有意差はなく、現在のところじん肺合併肺がんの組織像の特異性を認めることはできないこと、(ロ)原発部位は石綿肺における肺がんと同様に下葉に多く、一般の肺がんが上葉に多いことと比較して対照的であるとされていることが認められるが、外因性の肺がんには喫煙その他非職業性の原因が含まれており、これらにより直ちに職業性のがんであるか否かを判定することは困難である。

〈3〉 肺がん合併例をじん肺の進展に応じて観察すると、じん肺病変の程度が高度なものよりむしろ中等度又は軽度なものに肺がん合併が多いとの報告があるが、ただちに評価することができない。

〈4〉 じん肺性変化が肺がんの発生母地となるとの報告もあるが、現状では、これを断定するための根拠に乏しい。

(3) じん肺と肺がんとの合併頻度

けい肺を主体とするじん肺患者の剖検例を検討すると、おおむね一〇ないし一六パーセントの高い肺がん合併率を示しており、注目すべきであるが、この傾向は患者だけでなく、粉じんばく露作業者に普遍的にみられるものであるか否かは明らかではなく、今後の疫学的研究・実験的研究を含めた広範な研究成果に基づいて分析がなされることが必要である。なお、疫学的情報についてはその調査の実施に困難な点があり、限られた報告しかなく、また、それらの報告にもその評価には支障があるとされている。じん肺患者における高い肺がん合併率について、以上のような判断を示した背景には、次のような点を考慮していることが認められる。

〈1〉 ほとんどの報告は、じん肺患者か特定じん肺母集団の代表といえるような標本集団ではないので、合併頻度の高低は判断が難しいこと。

〈2〉 日本剖検輯報の分析結果は、記録されたけい肺症例が全国のけい肺患者で死亡した者から任意に抽出されたものでないので、この高い肺がん合併頻度が一般人口を基礎としても高いかどうかについては結論が下せないこと。

〈3〉 最近では入院治療するけい肺患者の寿命が延長し、肺がん好発年令に達する頻度が増加していること。

〈4〉 疫学調査は、一般にじん肺の診断自体に問題があり、医療の対象になつていない者が含まれないおそれがあり、広くじん肺全体を網羅した調査を行いにくいという難点があること。

〈5〉 その他個別の報告においても考慮すべき点があること。

〈6〉 けい肺に合併する発がんの発生危険度は、既知の職業がんの場合における危険度に匹敵するほど高いものは認められないこと。

(二) じん肺と肺がんの因果関係について、現時点においては以上のとおり評価・判断されるのであつて、原告のじん肺と肺がんの因果関係についての主張は失当というべきであり、病理学的因果関係に関する主張についても、じん肺における長期間持続する刺激とこれに基づく慢性炎症、上皮の増殖性変化は発がん母地となる可能性が大きいとする報告があることを紹介したのにとどまるのであつて、専門家会議の見解ではない。報告書では慢性気管支炎は肺がんの発生に有力な影響を及ぼさないとする報告があることも併せて記述している。専門家会議の見解は、前記(2)の(4)に記述のとおり、この点について断定するには根拠が乏しく、今後の研究によつて結論づけられるべきものとしているのであつて、右原告の主張も失当というべきである。

2 じん肺進展度別肺がん合併率について

(一) じん肺の進展と肺がんの合併頻度は平行しないという報告が多く、じん肺の程度が高度なものよりむしろ中等度又は軽度のじん肺に肺がん合併が多いとの指摘があるが、報告書においては、これは表面上の現象であつてただちには評価しがたいとし、次のような根拠を示している。

(1) 量と反応関係は医学の基本であるが、これに矛盾することとなること。

(2) 重症のじん肺患者は若年で死亡する。したがつて、肺がんに罹患する機会が減少すること。これに対して軽度又は中等度のじん肺罹患者は、寿命が長く肺がん好発年令に達する頻度が増加すること。

(3) 報告によつては管理区分三ないし四の観察数が少なすぎるものがあること。

(4) 一九七八年の島らの調査結果では、合併肺がんは管理区分一ないし二が全体の七三・三パーセント、管理区分三ないし四が二六・七パーセントとしているが、一九七二年の全国調査では、じん肺有所見者中の管理区分三ないし四の割合は五・六パーセントにすぎないので、二六・七パーセントはむしろ高率かも知れないと分析されること。

(二) 報告書は、これらの諸点より量と反応の関係は全く存在しないとはいいきれないとし、さらに、これまでにみた研究報告ではそれぞれじん肺の進展度の診断基準が異なつており、進展度別の成績を比較検討するには別の調査が必要であるとしている。なお、前記(一)(2)の問題点を除去するためには、疫学的には調査開始時点において調査対象者を選定し、その対象者を将来に向つて観察して行う調査・研究が必要とされているが、実施上の難点があり、外国においてもほとんどみられない。

じん肺進展度別肺がん合併率については、以上のとおりであるから、原告の管理区分の主張は失当というべきである。

3 労働省通達の妥当性について

(一) じん肺とこれに合併する肺がんとの因果関係については、前記報告書のとおりであり、労働省においてこれに基づき行政上の検討を加えて示したのが原告指摘の通達である。通達では、じん肺管理区分が管理四又はこれに相当するじん肺にかかつている者で、現に療養中の者に発生した原発性の肺がんについて補償の対象として取り扱うこととしているが、この背景には、次の事項が考慮されている。

(1) じん肺症患者には一般人口における場合よりも、高頻度に肺がんが合併するとの報告があること。ここにいうじん肺症患者は、療養を要するじん肺、すなわち、じん肺管理区分が管理四であるとの決定を受けた者及びこれに相当するじん肺にかかつている者で現に療養している者をいうものであり、各種の報告においてもこのような患者を対象とした調査を行つているものである。

(2) このようなじん肺患者に肺がんが合併した場合には、進展したじん肺症の病態のもとでは肺がんの早期診断が困難となること、治療の適用範囲が狭められること及び予後に悪影響を及ぼすことという医療実践上の不利益が大きいこと。

(二) 結局、じん肺とこれに合併する肺がんとの間の因果関係は医学的には必らずしも明確ではないが、じん肺症患者に限つては、前記の事項を考慮して業務上の疾病として取り扱うこととしたものであつて、むしろ特例的な行政上の措置を講じたものである。このことは、じん肺に合併する肺がんが他の職業がんと同様の職業がんと位置づけることはできず、労働基準法施行規則別表一の二第九号の該当性を判断して決すべきものとの取扱いをしていることからも明らかである。

4 以上述べた諸点からして、原告のじん肺と肺がんの因果関係に関する主張は到底認めることはできず、したがつて、本件処分は適法である。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1項(亡義雄が肺がんにより死亡したこと)及び同2項(本件処分の存在)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、同3項(不服申立の前置)については、労働保険審査会の裁決が昭和五二年二月二六日に原告に送達された事実は弁論の全趣旨によつてこれを認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで亡義雄の死亡が労災法一二条の八第二項、労働基準法七九条、八〇条の規定する「労働者が業務上死亡した場合」に該当するか否か、すなわち、亡義雄の死因である肺がんが同法七五条二項、昭和五三年労働省令第一一号による改正前の同法施行規則三五条三八号(右改正後の同規則三五条、別表一の二第九号。なお、以下改正前の同法施行規則を「労基規則」という。)の規定する「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するか否かについて検討する。

なお、本件においては、究極的には右肺がんの業務起因性の存否が問題となるわけであるが、じん肺については一般的に業務起因性が肯認されている(労基規則三五条七号参照)ため、亡義雄が業務上じん肺に罹患していたことが認められ、そのじん肺と右肺がんとの間に因果関係の存在することが認められれば、結局、右肺がんの業務起因性も肯認されることとなる。

三  まず、亡義雄が業務上じん肺に罹患していたか否かについて判断する。

1  <証拠略>を総合すると、亡義雄は、昭和二三年四月ころから同三八年七月ころまで三井鉱山株式会社上砂川鉱業所で坑内における掘進及び採炭作業に、同四四年二月ころから同年六月ころまで及び同四五年一月ころから同年五月ころまで三笠工機株式会社で坑内における掘進作業に、同年六月ころから同年九月ころまで日本採石工業株式会社で岩石発破作業に、同年九月ころから同四八年五月ころまで金田一建設でダム水路掘進作業に、それぞれ従事していたことが認められる。右認定の各業務は、いずれも粉じんを飛散する場所における業務(労基規則三五条七号参照)と推認しうるから、結局、亡義雄は、かかる業務に通算約一九年間従事していたものである。

2  <証拠略>によれば、亡義雄のじん肺に関する診断結果及び解剖検査の結果は、次のとおりであつたと認められる。

(一)  亡義雄は、前記作業に従事している間に行われた健康診断ではじん肺との診断を受けたことはなかつたが、金田一建設に勤務中に体の不調を訴えたため、昭和四八年五月二四日札幌市内の天使病院で診察を受けたところ、肺がんと同時にけい肺症の疑いがあるとされ、岩見沢労災病院での受診を指示された。

(二)  岩見沢労災病院では、同月二八日、亡義雄に対してじん肺に関する諸検査が行われた。その結果、エツクス線写真の像は第一型(じん肺法四条一項参照)又は疑所見と、心肺機能検査の結果は正常とそれぞれ診断され、なお経過観察のうえで確診するということになつた。

(三)  亡義雄は、同年六月四日札幌市内の国立札幌病院で診察を受けて同院呼吸器科に入院し、結局同年一一月五日死亡したものであるが、同院呼吸器科医師は、エツクス線写真の像は第二型で粒状影のタイプはP(直径一・五ミリメートルまでのもの)であり、肺結核の所見はない旨診断していた。

(四)  亡義雄の遺体は、死後国立札幌病院において解剖に付されたが、同人の剖検記録及び組織標本を検討した同院研究検査科科長宮川明は、亡義雄の左右両肺各葉の肺胞壁、中小血管周囲及び小気管支周囲には炭粉沈着像が散在的に認められるものの、とくに結節性変化ないし肉芽性変化、あるいは、著明な肺気腫像は認めることができず、この炭粉沈着症の程度は軽度ないし中等度で、一般の都市生活者にもしばしば見られる程度のものである旨判定している。

(五)  財団法人労働科学研究所医師佐野辰雄は、亡義雄の肺顕微鏡標本を検索した結果、同標本中に見られる粉じんは一ないし二ミクロンの黒色じんが中心であるが、大型の黒色じん及び透明じんも認められるとし、線維化の程度の弱い小粉じん結節の多発が見られるところから、右は非典型けい肺(低濃度けい酸けい肺)に属するものである旨の病理組織学的所見を明らかにしている。そして、前記(四)の宮川医師の判定に対しては、長年じん肺の研究に従事し、多数の症例を検討してきた者としての立場から、亡義雄の標本中には炭粉のみでは起こりえない程度の粉じん巣の線維化が見られ、右線維化の程度と形態からすると、粉じんのけい酸含有率は一五パーセント以上(都市部の粉じんは七、八パーセントどまり)と推定されるから、炭粉沈着症とは異なるものである旨反論を加えている。また、佐野医師は、前記(二)の岩見沢労災病院で撮影されたエツクス線写真像を検討したところから、右写真像に見られる粒状影は一二階尺度による一の〇(1/0)の区分に、不整形陰影は同じく二の一(2/1)の区分に該当するもので、右粒状影のタイプはPであつて、これは前記の病理組織学的所見に対応するとしている。

3  以上の亡義雄の職歴と同人に対する診断結果等を総合すると、同人は軽度のけい肺(非典型けい肺)に罹患していたものであり、右けい肺は同人の前記業務に起因するものであると判断される。

四  次に、じん肺とこれに合併した肺がんとの間の因果関係の存否について検討する。

1  補償行政上の取扱いについて

<証拠略>を総合すると、次の(一)ないし(三)の事実を認めることができ、(四)の事実は当裁判所に職務上顕著である。

(一)  じん肺(石綿肺を除く。以下同じ。)に原発性肺がんを合併する症例は、諸外国では一九二〇年代から、我が国では一九四〇年代後半から報告が見られるようになり、その数は次第に増大する傾向にあつて、じん肺とこれに合併した肺がんとの間に因果関係が存在するか否かが注目されるに至つた。

(二)  そこで、労働省は、この点を医学的見地から検討するため同省に「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議」を設置し、じん肺と肺がんとの因果性に関する数多くの国内外の文献を概括的に検討評価するとともに、最近の知見を加えて両者の因果関係に関する意見をとりまとめた。その結果、同会議から昭和五三年一〇月一八日付をもつて「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議検討結果報告書」(甲第三号証)が提出されたので、労働省労働基準局長は、同年一一月二日、「じん肺症患者に発生した肺がんの補償上の取扱いについて」と題する通達(基発第六〇八号)を発した。

(三)  右通達によると、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四と決定された者であつて現に療養中の者に発生した原発性の肺がんは、労働基準法施行規則別表一の二第九号に該当する業務上の疾病として取り扱われるが、じん肺管理区分が管理二又は三の者に発生した肺がんは、原則として補償の対象にはならないとされている。

(四)  なお、石綿肺に合併した肺がんについては、昭和五三年一〇月二三日付「石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定について」と題する通達(基発第五八四号)により、石綿肺の所見があると認められる者、さらには、石綿肺の所見が無所見でも一定の要件を満たす者については、労働基準法施行規則別表一の二第七号七に該当する業務上の疾病として取り扱うこととされている。

2  医学的研究について

(一)  前記のとおり、じん肺と肺がんの因果性について論じた文献は多数にのぼり、その幾つかは原告から書証として提出されているところであるが、先の「じん肺と肺がんとの関連に関する専門家会議検討結果報告書」(甲第三号証)は、この点に関する国内外の文献を概括的に検討評価するとともに、最近の知見を加えて両者の因果関係に関する意見をとりまとめたものであつて、これについての医学的研究を客観的立場から集約した最も信頼しうる文献であると考えられる。甲号証中、甲第一三号証(「炎症とがん」佐野辰雄)及び同第一四号証(「職業性肺がんをめぐる現状と問題点」海老原勇)の各論文に示された見解は、時期的には前記報告書よりのちに明らかにされたものではあるが、これらは、いずれも前記報告書において検討評価の対象となつている論文(甲第五号証「じん肺と肺がんの関連性」佐野辰雄)の見解と基本的に同一の立場に立脚しているものと判断されるのであつて、このことは、証人佐野辰雄の証言中で示されている同医師の見解についても同様である。したがつて、じん肺と肺がんの因果性に関する医学的研究の到達点は、現時点においてもなお、前記報告書によりこれを知りうるものと考えられる。

(二)  そこで、前記報告書(甲第三号証)を検討するに、これによれば、同報告書はけい酸又はけい酸塩粉じんによつて惹起されたじん肺(けい肺)を中心に、これと合併した肺がんとの関連性について検討を加えたものであつて、その要旨は以下のとおりであると認められる。

(1) 粉じん自体の発がん性については、クロム、ニツケル、ベリリウム、石綿などすでに発がん性が証明されているものがあり、コバルト、酸化鉄などのように発がん性が疑われているものがある。しかし、けい酸粉じん又はけい酸塩粉じんについては、一部に被験動物の生存期間に主眼をおいた生涯実験において悪性腫瘍発生の陽性成績が得られたとの報告が存するものの、これまでの報告の多くはその発がん性について否定的な見解を示している。

(2) 吸入された粉じんは、その物理化学的特性によつて細気管支、肺胞系を中心に複雑な生体反応を惹起し、いわゆるじん肺性病変を発生させる。この病変は究極的には気道変化、肺の線維化、気腫化等の様々なパターンのじん肺性変化に至るものであり、じん肺に合併した肺がんはこのようなじん肺性変化の進展過程のいずれかの時点において発生する。この両者の間の病因論的関連性を解明する有力な手段としては、実験病理学的手法があるが、右の課題に即応しうる実験モデルの作成は今日なお極めて困難であり、したがつて、これまでの実験成果から得られる情報は乏しく、かつ、限られた範囲のものでしかない。

(3) 一方、じん肺と肺がん発生の因果関係を病理形態学的観点から確かめることは、剖検された多くの症例がすでに病変の進行した末期像であるために、必ずしも容易ではないが、じん肺に合併した肺がんと一般の肺がんの比較、早期の肺がんにおけるじん肺病変との関連、じん肺における上皮の変化などを検討することによつて、何らかの示唆を得られる可能性がある。

じん肺に合併した肺がんの組織像は、一般の外因性肺がんと同様に扁平上皮がんが多いと報告されているが、統計学的に有意差はない。肉眼的浸潤型では合併肺がんに特異性はないが、下葉原発が上葉原発のほぼ二倍あることは、一般の肺がんに上葉原発が多いことと比較して対照的であり、石綿肺における肺がんとの類似性がみられて注目される。しかし、単にがんの組織型とか原発部位のみからただちに職業性のがんであるか否かを判定することは、困難である。

比較的早期のじん肺合併肺がんについての観察では、けい症性病変とがん病巣との間の密接な接触性と病理組織学的変化の連続性を認めた報告があり、厳密な瘢痕がんの病理学的診断基準に適合する例もあげられている。これらの事実は、じん肺が肺がんの発生母地であることの直接的な証拠にはならないが、その可能性が強く示唆するものと考えられる。一方じん肺性変化には、気管支上皮細胞の増殖像、とくに異型増殖像を伴うことしばしばあり、慢性気管支炎、細気管支炎などを背景とした慢性肺間質性線維症では末梢気道上皮の腺様増殖が多く、これらが発がんの母地となる可能性があげられている。しかし、現状では、以上の事実をもつてしても、病理形態学的立場からじん肺性変化が肺がんの発生母地となりうると断定するには、証拠が乏しい。

なお、じん肺の程度と肺がんの合併頻度の関連については、肺がん合併例をじん肺エツクス線病型別に、あるいは、病理組織学的に観察して、じん肺病変の程度が高度なものよりもむしろ中等度又は軽度のじん肺に肺がん合併が多いとする報告が幾つかある。これは一見粉じんの吸入量と肺がん合併頻度との間に量・反応関係を欠いているように見えるが、じん肺における病変は極めて多彩であり、重症例は比較的若年で死亡することなどを考えると、ただちに両者の間の量・反応関係を否定し去ることはできない。

(4) 剖検例から見たじん肺と肺がんの合併頻度については多数の報告があるが、一九六〇年以降の主な報告についてみると、二・三パーセントから一六・九パーセントとばらつきはあるものの、大部分が一〇パーセント以上の高い合併率の存在を報告している。しかし、ほとんどの報告において、じん肺患者が特定じん肺母集団の代表といえるような標本集団ではなく、症例の選択により偏りがあらわれている可能性があるので、ただちにこの合併頻度の高低を判断することは困難であるが、日本病理学会編集の日本剖検輯報の調査成績と岩見沢労災病院の調査成績は、検討に値する資料である。すなわち、日本剖検輯報は、我が国の大病院、大学病院のすべての剖検例を網羅し、我が国の剖検例のほとんど全例が集録されているものであつて、世界的にその量と正確度で最も信頼できる資料である。一方、岩見沢労災病院は、北海道地方におけるじん肺センターとしての機能を持ち、北海道地方におけるじん肺死亡者の約七五パーセントを取り扱つており、また、同病院で死亡したじん肺患者は、特殊事情がない限りほぼ全例(一九五六年から一九七七年までの間においては九四・三パーセント)が剖検されていて、医師側の選択の可能性が少ない。

一九五八年から一九七四年までの一七年間の日本剖検輯報に登録された剖検例のうち、じん肺剖検例(けい肺が主である。)は合計一一七二例であるが、男子じん肺剖検例一一一五例についてみると、肺がん合併例の占める割合は一五・七パーセント、全悪性腫瘍に対する肺がんの割合は四六・一パーセントであつて、これは、一九七四年度の厚生省人口動態統計による、全日本の肺がん死亡数の全死因に対する割合二・六パーセント、全悪性腫瘍に対する肺がんの割合一三・二パーセントに対して、著しく高率である。このような差が認められるのは、肺がん及び口腔・咽喉頭がんの二者のみであつて、胃がんをはじめとする他部位のがんにおいてはこのような差は認められておらず、右二者がいずれも外気に露出される可能性のある部位であることは注目される。また、先の一一七二例について地域別の肺がん合併率をみると、九・五パーセントないし二五パーセント(四国は症例数自体が少ないため、除く。)といずれも高率で、かつ、地域差が少ない。これを職種別にみても、職歴による肺がんの合併率に差は少なく、ほぼ一四パーセントないし一六パーセントの程度で肺がんの合併が認められた。

日本剖検輯報に記録されたじん肺症例は全国のじん肺患者で死亡した者からランダムに抽出されたわけではなく、一般に剖検例には医師側の選択が入りやすく、とくに悪性腫瘍に偏りがみられる傾向があるが、後記の岩見沢労災病院のごとくほぼ全例が剖検される施設における成績と先の成績がほとんど一致することは決して偶然とは考えられない。また、先の地域別及び職種別の成績は、じん肺における肺がん合併が単なるサンプリングの偏りによるものではなく、有意に頻度の高いことを示唆している。

一方、岩見沢労災病院における一九五六年から一九七四年六月までの男子じん肺剖検例二六〇例についてみると、肺がん合併例の占める割合は一五・八パーセント、全悪性腫瘍に対する肺がんの割合は四七・一パーセントであつて、それぞれ前記の厚生省人口動態統計による二・六パーセント及び一三・二パーセントの数値をはるかに上回つている。

岩見沢労災病院の成績については、前記のとおり医師側の選択が入る可能性は少ない。また、初診よりの期間、入院後の期間を考慮すると、肺がん合併例の大多数はじん肺の経過中に肺がんを発生したものとみられる。しかし、肺がんに罹患した患者が選択的に同病院を受診した疑いを全く除去することはできない。そこで、入院後一年以内に肺がんが合併した例を入院時に肺がんであつたと仮定してすべて除外し、さらに、臨床診断を主体とする全日本死亡例(厚生省人口動態統計)と対照する関係で、右のうち六〇パーセントが臨床診断のみで発見されうると仮定して、合併率を算出してみたが、この場合でも全日本死亡例における合併率の三倍近い数値が出てくる。なお、これは、入院一年以内の合併肺がん症例は全例除いてあり、また、臨床診断と剖検診断の一致率を六〇パーセントと低くみたうえでの数値であるから、実際の肺がん合併リスクはもう少し高いものと思われる。

(5) じん肺患者の医療を担当する全国一般病院施設に受診したじん肺及びじん肺合併肺がん患者の概況をアンケート方式で調査した結果では、初診時すでに肺がんの症候のあつた者が過半に及ぶという問題があるが、全体として肺がんの合併頻度は高い傾向にあつた。これらの症例の肺がん発見時のじん肺エツクス線病型は、軽度もしくは中等度進展例が過半数を占め、業種別では、炭鉱、鉱山、窯業が全体の六一パーセントを占めていた。

(6) 疫学的情報についてみると、一般に高年令に至つて発症する肺がんについて疫学的研究を行うには、じん肺患者が職場を離れたり、居住地を変えたのちも長期間にわたつて追跡することが必要であるが、その調査実施に著しい困難を伴うため、現在得られている情報は極めて限られたものでしかない。

(7) 以上の臨床病理学的及び臨床疫学的な報告を中心に、じん肺と肺がんとの関連性について疫学的立場から考察を加えてみると、けい肺と肺がんとの間に何らかの関連性のあることは強く示唆されるが、一方肺がん発生のリスクは既知の職業がんの場合におけるリスクに匹敵するほど高いものは認められず、肺がん発生の明らかな量・反応関係も認められないので、右の関連性も既知の職業がんと同一レベルで論ずることができないことも事実である。検討した資料が既知の職業性肺がんに比べて量的に少ないことと、質的にも関連性の強さの程度が明らかでないことが、確定的な結論を引き出しえない主因と思われる。

(8) 以上の成績を総括すると、じん肺と合併肺がんの因果性の立証については、今日得られている病理学的及び疫学的調査研究報告の多くをもつてしても、なおかつ病因論的には今後の解明にまたねばならない多くの医学的課題が残されている。そして、このことは、単に我が国のみならず諸外国においても同様の傾向にあると考えられる。しかし一方、我が国のじん肺と肺がん合併の実態は、じん肺剖検例及び療養者において高頻度であることが明らかである。また、肺がんはじん肺進展過程の様々な次元においてそうした傾向の合併が認められることを示唆した報告がある。しかも、じん肺合併肺がん患者を取扱つた一般医療機関の臨床医師により、かかる患者に種々の医療実践上の不利益が生ずることが指摘されている。したがつて、じん肺に合併した肺がん症例の業務上外の認定にあたつては、じん肺患者の病態と予後にかかわる実態が充分に考慮され、補償行政上すみやかに何らかの実効ある保護施策がとられることが望ましい。

3  因果関係の存否について

じん肺とこれに合併した肺がんとの間の因果関係の存否に関する医学的研究の到達点は、前項に認定したとおりであるが、これによれば、要するに、現時点においては、両者の間に、病理学的因果関係はもとより、疫学的因果関係の存在もこれを確証することができないということである。

しかしながら、本訴で問題となつている両者間の因果関係は、前記(二項)のとおり、肺がんが労基規則三五条三八号の規定する「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するか否かという法的判断の一過程をなすものであつて、法的評価としての相当因果関係にほかならない。そして、この点の立証は、もとより、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果の間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる(最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決、民集二九巻九号一四一七頁参照)と解すべきであつて、病理学的因果関係の存在や厳密な意味における疫学的因果関係の存在が証明されることは、必ずしも必要ではないというべきである。

そこで、この見地に立つて前記の医学的研究成果をみるに、じん肺と肺がんの合併については、剖検例を中心として高い合併率の存在を報告するものが多く、これらは、調査対象が必ずしも一定の標本集団とはいいがたいことから、その評価には限界が存するのであるが、じん肺とこれに合併する肺がんとの間に何らかの関連性が存することを示唆するものである。中でも、比較的信頼性の高い日本剖検輯報の調査成績と岩見沢労災病院の調査成績によれば、じん肺剖検例に肺がんの合併が見られる割合は一般の肺がんによる死亡割合に比して約六倍であり、全悪性腫瘍に対する肺がんの割合についてはじん肺剖検例と一般との間に約三・五倍の差が存する。しかも、岩見沢労災病院の調査成績は、疫学的手法による慎重な吟味を加えた場合においても、じん肺に罹患した者について一般より少くとも三倍近い肺がん合併率の存在を報告するものであつて、これらの事実からすると、既知の職業性肺がんの場合とは同一に論じることができないとしても、じん肺に罹患した者に肺がんの発生する危険度が高いということは、疑いを差しはさむことができないのであり、このことは、じん肺とこれに合併する肺がんとの因果性を強く推測させるものである。一方、前記の報告書が両者の因果性についてこれを確証することができないとしたのは、ことが、がん発生のメカニズムという現代の医学的知見をもつてしても解決の容易でない課題に関することが一因であると考えられるほか、前記のとおり、実験病理学的、病理形態学的、さらには疫学的な諸研究についてそれぞれ障害や制約が存するため、現在得られている情報が量的にも質的にも限られていて、医学上の観点から確定的な結論を出すには足りないという理由によるものと考えられるのであつて、両者の因果性を積極的に否定しているものではない。

したがつて、少なくとも本件で問題となつているけい肺に関しては、これに罹患している者に原発性の肺がんが発生した事実が立証されれば、この肺がんは右けい肺に起因すると事実上推定するのを相当とし、右肺がんがけい肺と関連性を有しないとする特段の反証がなされない限り、訴訟上両者の間に相当因果関係の存在を肯定すべきである。そして、右の理は、じん肺の程度と肺がんの合併頻度の関連についての先の報告からするならば、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四と決定された者のみに限定すべき理由はなく、中等度又は軽度のけい肺に罹患した者についてもこれを認めるべきであると考えられる。

五  そこで、本件の肺がんの業務起因性について判断する。

前記のとおり、亡義雄は軽度のけい肺に罹患していたものであるが、<証拠略>によれば、同人に発生した肺がんは原発性のものであることが認められ、また、先に認定した初診からの期間、入院後の期間からすれば、右肺がんはけい肺の経過中に発生したものであると推認される。

したがつて、本件の肺がんは右けい肺に起因するものと推定され、特段の反証の存しない本件においては、両者の間に相当因果関係の存在を肯定すべきである。

さらに、右けい肺は亡義雄の長年にわたる粉じんを飛散する場所における業務に起因するものであること、前記のとおりであるから、結局、本件の肺がんも右業務に起因するものと認めるのが相当である。

六  以上によれば、亡義雄の死亡は業務上のものではないとした被告の本件処分は違法であつて取消しを免れず、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村重慶一 大橋弘 河邉義典)

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